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中井酒造 八潮の歴史SERVICE&PRODUCTS

日本の農業史にその名を残した中井太一郎

仕込みタンク画像

 
太一車で日本の農業史にその名を残す中井太一郎。
実は中井酒蔵のご先祖様でございます。
倉吉市にある博物館には太一郎の資料があり、パネルが展示してあります。
内容を要約すると・・・
中井太一郎 天保元年、中原村生まれ。

太一郎の祖父の時代に豪農だったが、天保の大飢饉以後に家運が傾き、父が他界した後、貧しい活を余儀なくされた。この試練を自らクワを持って農業に精進して切り抜けた。こうした経験を通して自然に対する農業の弱さと貧しい農生活を知り、その後の人生に大きな影響を与えた。

その後努力が認められ役人となり、農民を救うために様々な改革に努力した。役人を辞した後、その時代の農業に疑問を持ち、稲作改良の機運の中、それに身を投じていった。明治17年に「田植定規」を考案。その後「稲作改良実験機」を著し、これを広く配布して鳥取はもとより各地を講演して回った。

そして明治25年「太一車」を考案した。これは稲作で最も過酷な労働であった除草作業から開放されることとなった。
中井太一郎はその一生を土に生き、稲作改良にささげた。
こうした太一郎の実践的研究は、わが国の農業史に大きな足跡を残している。


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